アラカンいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラカン。こんな自分が何をどこまでできるのか

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2026/7/22(水)

昨晩は食事をしながら、夜ドラ「ミッドナイトタクシー」を観た。あと、続けて数日前の「風、薫る」も観た。人の生き死にに関わるドラマは不安が強くなるので、後々観ようと思っていたけど、録画リストから消した。そのほかにも結構消した。消したのに、残り録画時間が7時間半ほどになっていて、危機的状況なのだけど。

食べ終わって食器を洗って、歯を磨いて、現実を忘れるようにスプラをしてみた。不安を消したいのか、妻も途中から一緒に始めた。

23時過ぎに終わって、あとはまた寝る前の時間を静かに過ごした。

この時間、不安が少しずつ強くなっていく。ヒルナミン5mgを抜いたので、不安感はそこまで軽くはなってくれないけど、ロラゼパム0.5mg2錠が少しは頑張ってくれているのかもしれない。本当は前回か処方されていないのだけど、タンドスピロンクエン酸塩錠も余っているので飲んだ。何はともかく、この不安感をすこしでも楽にしたかった。

0時頃、床につく。薬のおかげで思ったより早く眠れたし、中途覚醒もなかった。

 

目を覚ましたのは、6時45分。今日は妻の検査入院の日。食事は7時まで、との指示があったので、蒟蒻畑だけでも食べてしまいたかったようだ。僕は少しそのまま布団の上でごろごろしていたのだけど、7時過ぎに起きた。

飲み物は10時まで大丈夫とのことだったけど、コーヒーやお茶は、果たして大丈夫だろうか、と思い、あえて水だけにした。2人とも、ただ不安でしかなかった。それでも日常を装って過ごした。

やがてバスの時間が近づいてきたので、僕らは部屋を出た。僕は2人で行ったホームシック衛星2024のTシャツとキャップで出かけた。初日は寒かった。とにかく寒かったのは記憶に染み付いている。

バスに乗り、電車に乗り、病院に着いた。手を繋ぎたかったけど、もうしばらく一緒に手を繋いで歩くことなんてなかったので、照れくさくてできなかった。

病院に入って受付で案内を聞く。この病院は完全看護で、面会できるのは15時から17時だけ、1日1回だけで2人まて、と決まっている。受付を済ませ、予定の10時半になったので、入院病棟へ。向かう途中で看護師さんに「ご家族の方はここまでで」と言われ、僕は妻に手を振り、いつものようについ「いってらっしゃい、気をつけてね」と言ってしまった。気をつけてね、はないだろう。

病院を出たのは10時半過ぎ。そこから近くのマックに入り、ポテトのMとゼロコーラを頼んだ。たまたまカバンに入っていたニコルを写真に撮り、妻のLINEに送る。

結局マックでは1時間粘った。出てからどうしようかと思っていたら、すぐ近くにサイゼがあることに気づいた。トイレに行ってから、サイゼへ。混んでいたし、めちゃくちゃうるさかったけど、時間を潰すにはちょうどいい。よく頼んでいる、アロスティチーニとミラノ風ドリアとドリンクバーで、粘ることにする。

妻からLINEで、施術が1時間早まったとの連絡。14時の予定だったから、13時からになったのか…。時計を見ると、まもなく13時。妻の不安と緊張と怖さはどれくらいのものかと思うと、胸が張り裂けそうだった。時間が進むのが遅く感じた。施術は恐らく1時間から2時間ほど。これをサイゼで書いている今、まだ13時45分だ。もっと時間が過ぎているかのように感じたのに、ぜんぜん進んでいない。

そして、15時頃、「ずいぶん前に終わったけど、今スマホ取ってもらってLINEできた」と連絡が来た。少しLINEでやりとりしていたら、妻が「山田五郎さん亡くなったね」とLINEしてきた。山田五郎さんは2年前にガンを公表していたけど、2年でお亡くなりになったのかと、さらに怖くなった。妻はどんな気持ちなのだろう? 怖くて仕方がない。大丈夫。他に転移してるはずがない。

サイゼには、結局3時間半ちょっと粘った。カプチーノを6杯くらい飲んだ。16時過ぎを目指して病院に戻る。面会の時間は17時までの30分。ただ、16時以降なら点滴も外れて歩けるかもとのことなので、そうすることにした。

16時過ぎに面会に行く。妻は元気そうだったが、やはり不安はものすごかったようで、ホッとした顔をしていた。強く手を握った。よく頑張ったね、と。あとは結果を待つだけ、なのだけど、その期間が長い。考えたくはないが、悪い状況も覚悟はしなくては、と思っている。ただもちろん、結果は良好なことを心から強く強く願っているのだけど。

面会時間は30分だけ、と言われていたのだけど、結局40分ほど話した。明日退院のはずだから、帰ったらスプラ新作やらなきゃね、みたいなことも話した。まずは日常を過ごそう、と二人で話した。

帰り際、看護師の受付で「30分、って面会時間は、自己申告なんですか?」と訊いてみたら、どうやらそういうことだったらしい。あまりにも長い場合は看護師が呼びにくるらしい。

妻は点滴を持ちながら、エレベーターまで見送りに来てくれた。やはり寂しいのかもしれないな、と思った。

病院を出たのは17時近くだった。帰りの電車で、最悪の事態が起きるのではないか、と怖くて不安で仕方が無かった。

そこで、自治会役員の会計でPC担当を代わってもらったOさんからLINEが入った。教えて欲しいことがあるので今月どこかで時間がとれないか、とのことだったけれど、他の時間を使うのは嫌だった。妻がいる時間に会計の仕事に割くのは…。なので、今夜なら大丈夫です。むしろそれ以外は厳しいです、と伝えると、それでOKとのことだった。

帰りのバスが2分間に合わず、30分待つことになったので、またマックに寄ってポテトとゼロコーラを頼んだ。食べて飲んで、バス停に行くとちょうどバスが来るところだった。バスに揺られて帰ってきて、少し休んだらもう19時近くになっていて、約束の時間だったので集会所に行った。

そこでOさんに、あれこれ自分ができる範囲で説明をして、結局21時過ぎまでかかった。帰宅して、晩御飯を食べる気力もなく、シャワーを浴びてぼーっとして過ごした。何もできない自分がもどかしくて悔しくて、妻を助けたい、その一心だった。そういえば昔、包丁を手から滑らせたことがある。妻の足の上に落ちそうになって、僕は咄嗟に包丁を掴んだ。当然、僕の手は血まみれになり、タクシーで慌てて病院に駆け込んだことがあったっけ。そんなふうに、妻を助けることができたらいいのに。守りたい。ただそれだけ。

1時過ぎまで眠れないので、これを書き足している。明日は早いから、そろそろ横にならなくちゃ。

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