アラカンいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラカン。こんな自分が何をどこまでできるのか

MENU

※Googleアドセンス及びアフィリエイト広告を利用しています

2026/7/30(木)

床についたのは23時半過ぎだった。

いつもはセットするポケモンスリープもセットしない。そんなことをする気持ちの余裕など、なかった。Echoに明日の朝7時に起こすようにお願いし、目覚ましもかけて寝た。

 

中途覚醒はなかったけれど、目を覚ましたら4時過ぎだった。そこからはたまにウトウトしながらもずっと眠れず、不安で、怖くて、眠れなかった。

朝7時前の目覚ましで妻も起きたので、自分も起き上がってコーヒーを淹れたりして準備した。

いつもより早い、8時頃のバスに乗り、京王堀之内駅へ。そこから京王永山駅で降りて、病院へ。

9時の予約で、少しだけ早く呼ばれた。

結果は良くない状況だった。できるだけ早い手術が必要ということで、8月の5日にまずは呼吸器外科の先生と話し、入院、手術スケジュールを決める、という流れらしい。
説明が終わって病院をあとにして、永山でカレーを食べた。食べながら、ふと昨日、お義母さんと妻との会話にちらっと出た話を聞いてみた。

この夏か秋に、妻とお義母さんと親戚とで北海道旅行に行く計画があるのだとか。百歩譲ってそれはいい。しかし、僕は夫であり、家族だと思っているが、その僕に何の相談もなく、そういう話が勝手に進んでいることに怒りを覚えた。しかも、病気と言う事態が重なって、なお、だ。正直に言うと「ふざけるな」と僕は思ってしまった。自分は妻のために、今より時短勤務にして、妻との時間を取ろうなど、いろいろ考えていた。手術で1週間ほど入院しなければならない間は、ずっと休もうかとも思っていた。それくらい妻とのことを考えていたのに、僕に何も言わず北海道旅行…。

僕はいったいなんなんだろう。家族じゃないのか。夫として認めてもらえてないのか。そう思うと情けなくなって急に、消えてなくなりたくなった。

しばらくして怒りが収まってきたころ、妻に「あなたがいいなら、なんでもいいよ」と、ちょっと投げやりに言ってしまった。

それも後悔になって、不安とともに僕を包み込む。苦しい。

帰りは、これはカレーを食べる前だが、お茶を買ったり食品を少し買ったりした。電車で京王堀之内に戻ってからも、食料品を大量に買い込んだ。全部で6000円以上の食料品を買った。

重い荷物を持ってバスに乗り、帰宅したのが13時半頃。その直後にパルシステムがやってきて、食料を置いて行った。食べられないのに、食品だけが増えていく。なんという皮肉か。

帰ってきて二人はしばらく黙ったままだった。

僕はできるだけ「普通」でいたくて、スプラをやってみたけどダメで、ヒルナミンを1錠飲んだ。妻はインスタに自分の病気のこと(詳しくは伏せて)書いてアップしていた。だから僕も詳しくは書かない。

18時ちょっと前までスプラをやった。普通でいたかった。じゃないと心が崩れそうだったから。それでも成績はボロボロで、イライラは強くなるしいいことなんか何もない。
妻はしばらく横になって眠っていたが、起きて「ご飯は18時には食べようね」と言った。いつもそういうことをいうのだけれど、これはイコール「早く作ってくれ」という遠回しの言い方である。僕はお風呂の準備をしながら、ゴーヤをスライスし塩もみし、明日の朝用のゆで卵のお湯を茹でている。これが今の状況。

そろそろお風呂が沸くので、ゆで卵を茹で終わったらすぐに入って、それでも晩御飯は19時過ぎるかな…というところ。

それにしても、毎日仕事が17時半に終わるのに、18時にご飯を食べたい、というならば、本来なら少しは準備して欲しいものだけど、妻の病気のことを思うと、もう何が何でも僕がやるしかない、僕がやって妻が少しでも気持ちよく過ごせるなら、それでいい、そう思っている。妻のために生きる。妻に生かされた命なので、妻のために使うのは当たり前のことだ。

そんなわけで、今日もこのへんで。

 

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村