アラカンいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラカン。こんな自分が何をどこまでできるのか

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2026/8/20(木)

昨晩は何も観ずに晩御飯をひとりで食べて、少しスプラをやった。気持ちがざわざわして、少しだけやってやめて、あとはPCに向かっていた。

床についたのは0時半頃。中途覚醒は無く、でも目覚ましより2時間早く目が覚めた。寝足りなかったので、そのままウトウトしつつ、echoに「今何時?」と2回訊いて、結局、6時半過ぎに起き上がった。

すぐに歯を磨いて顔を洗って、コーヒーを淹れる。今日からしばらくは、2杯分。いつもは妻の分も合わせて3杯分淹れるのだけど、自分が飲む分だけなので少なく。プロテインを飲んで、神棚で祈った。

妻から10分くらい前にLINEが来ていて、やはり緊張でよく眠れなかったようだった。

8時半頃、手術室に向かうと聞いていたので、その時刻が近づいてくるのが怖かった。胸がざわついて、とにかく無事手術が終わって欲しい、それだけ願っていた。

手術開始の時間になって、もう一度神棚に手を合わせて祈った。

そんな不安で緊張している状態だから、仕事もなかなか手に着かず、常にそわそわしてしまって、ひとつの作業をするのに1.5倍くらいの時間がかかってしまった。それでも何とか仕事をこなしていると、13時50分頃、病院から着信があった。慌てて出ると、●●さんのご主人ですか? と女性の看護師さんの声。はい、と答えると、今先生と代わります、と。

緊張して、声が震えた。結果はどうだったのか。妻は大丈夫なのか。

執刀医の先生が電話口に出て、先ほど手術が無事終わりました、と。特に問題なく順調に終わりましたので、とのこと。僕は「では、肺の下の方を腫瘍ごと取り、リンパのほうも…」と訊くと、リンパも一部切除して、これから病理検査になります、と答えてくれた。

とにかく安心して、全身から力が抜けた感じだった。ついでと言っては何だけど、「実は以前から10月半ばに旅行を計画してまして、回復の具合というか、どんな感じで行けるか行けないか、という…」と語尾を濁して言うと、「あ、それは大丈夫ですよ、こちらとしては制限を設けたりはしないので」とのこと。ただし、今後の薬物療法や場合によっては放射線治療などで難しくなるかもしれませんが…、と。

そして、今後の薬物療法などの方針は、呼吸器内科の先生になりますので、よろしくお願いします、と言われました。

僕は3回くらい、電話中に先生に「ありがとうございます」と言った。涙が出そうになった。いや、出てたかも。本当に無事終わって良かった。とりあえず、大きな壁は乗り越えた。でもまだまだこれから壁はある。体力回復、リハビリ、経過観察の通院、薬物療法、などなど、大変なことは山積みだろうけど、乗り越えていける、いきたい、そう思った。とにかく、難関を乗り切った妻を褒めてあげたい、と思った。

神棚に、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

 

仕事を14時45分頃終わらせ、上長に早退の連絡をしてから着替えて準備して、バス停に向かった。お義母さんは先に着いて待っていた。ほどなくしてバスが来て、15時半頃のバスに二人で乗り込む。電車を乗り継ぎ、病院には16時過ぎに着いた。

そこからまず入院受付に行き、高額療養費制度についての話をしてから、面会受付へ。

受付は16時15分だった。面会時間は30分となっているけれど、アバウトなので面会時間終わりの17時まで大丈夫だろう。

受付で記入した紙をナースステーションに出すと、部屋を案内してくれた。妻は病室ではなく、HCUにいて、管をたくさんつけられて、でも意識はしっかりしていた。

麻酔がまだ残っていて、ふわふわするようなもやもやするような感じで、起き上がると吐きそう、とも言っていた。

よく頑張ったね、と僕は声をかけた。お義母さんも声かけして、僕は「H先生から電話があって、問題なく手術は終わったよ」と告げた。

妻の声はかすれていてあまりよく聴き取れなかったけど、伝えたいことはわかった。明日にはもう歩いて元の病室に戻るとのことで、そんなにすぐ歩くんだなぁ、と思った。

痛み止めのために、医療用麻薬? が使われていて、我慢できない痛みがあるときはボタンを押すと30分、ゆっくり薬が出るそうな。それを聞いて、余程痛みが激しいんだな、と思った。

妻の手を握ると、少し冷たかった。

妻は小指を伸ばしてきて、僕はその小指に小指を絡めた。大事な約束が生まれた、と思った。生きること、二人で何でもない日々を送ること、そうそう、BUMPのライブも行くよね、とにかくいろんな想いが、その絡めた小指に詰まっていた。

面会の時間はあっという間に過ぎていき、終わりの17時になったので、僕とお義母さんは部屋を出た。出るときに、妻に「洗濯物があるから持って行って欲しい」と言われていたので、看護師さんに「病室にあるみたいなんですけど、病室に入って取ってきていいですか?」と念のため訊くと、大丈夫ですよ、とのことだったので、その荷物を持って病院をあとにした。

 

帰りの時間は昨日と同じだった。今日は特に買い物もなかったので、お義母さんと二人でスーパーのなかにある休憩所? みたいなところでバスの時間を待ち、17時45分頃のバスに乗って帰ってきた。僕は妻が戻ったらアイスを食べたいだろうなぁ、と思って、コンビニまで足をのばし、アイスを買ってから部屋に戻った。帰宅したら18時15分頃だった。

買ったものを片付け、妻から預かった洗濯物を洗濯機へ。自分の着ていた服も洗濯機に放り込み、18時半過ぎに洗濯を始めたと同時にシャワーを浴びた。

20分ほどであがって少し休むあいだに、明日の朝用のゆで卵を茹で始めた。いつもは妻の分と2個だけど、1個だけ。何だか寂しかった。

そうこうしているうちに洗濯も終わり、洗濯物を干してから、ご飯を炊いて、これを書いている。

書いているうちにさっきご飯が炊きあがった音がした。

 

今日はまず、ひとつ乗り越えた。まだ先は長い。

負けない。信じて明日も過ごす。

明日も早退して、面会に行くけど、もう少し楽になってくれているといいなと思う。

 

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