昨晩は晩御飯を食べた後、ずっとウトウトしていた。本当はスプラを少しやろうかな、とか、SNSをもうちょっと眺めようかな、とかいろいろ思っていたのだけど、何もできず、ウトウトしていた。
なんだかんだ言っても、やはり疲れているのかもしれない。毎日早退してバスと電車を乗り継いで30分かけて病院へ。30分ちょっと妻と話して、また30分かけて帰ってくる。大したことがないように思えて、実は疲れていたのかも、と思ってしまった。結局、PCの前でウトウトしていたのが1時頃にふと目が覚め、慌てて布団に移動して寝た。少しは早起きできるかと早めの目覚ましをかけたけど、全然起きられなくて、9時過ぎになって起き上がった。妻からLINEで「死んだかと思うくらい痛かった」と入っていた。
僕は少ししたらすぐに仕事の時間で、いつも通り作業を始めた。新システムはもうダメダメで、また一時停止して旧システムで作業してくれ、とのアナウンス。はっきり言って、自分は旧システムのほうが慣れているし、どこにどのデータが埋もれているのかわかっているので使いやすいのだけど、会社はどうしても新システムに移行したいらしい。そうなると、上長にも連絡したけど、今やっている作業の7割くらいが作業不可能になってしまう。新システムと旧システムで表記が変わってしまって今まで必要としていた情報が、新システムでは取得できない、ということが起きている。上長はそのへん、どう考えるのか…。ま、自分は言われたことをやるだけなのだけど。怖いのは、やる作業が激減したために、契約を切られるのではないか、ということ。障害者雇用で3か月契約だと、こういう不安が常にある。
昼過ぎに妻からLINEが来て、胸腔ドレーンを抜いたとのことだった。体についていた管は、すべてなくなった。お疲れ様、とLINEを送った。
旧システムでの作業だったのでいつもと同じで順調に進み、14時45分に早退で上長に連絡した。また、胸腔ドレーンがはずれたので、明日退院になる。なので明日の欠勤連絡も上長に入れておいた。
それから着替えて準備して、15時半頃のバスでお義母さんと待ち合わせて病院へ向かう。16時過ぎに病院に着き、受付で面会開始時間を2分上乗せして16時7分、と書いた(本当はまだ16時5分だった)。
面会に行くと、管は抜けたものの、息は苦しそうだった。カーテンの向こうの隣のベッドで看護師さんと患者のおばあさんとのやりとりが面白かったらしく、妻は笑ってしまっていたのだけど、それがかなり痛いので苦しいといいながら笑いをこらえていた。
その会話が気になるので、部屋を出て面会コーナーみたいな通路の端のベンチで3人で座った。
少し話していると、執刀医の先生といつも見にきてくれている先生がやってきて、簡単な説明を受けた。妻の話を聞き、もう2、3か月、ゆっくりとだけど回復していくから、と言っていた。これから肺が膨らんで落ち着いてくるので、と。ただ、腫瘍が大きかったので、手術で取ったとはいえ、今後は薬物療法をしていくことになります、とのこと。
まだまだ、闘いは続く。力を合わせて乗り切っていかなければ。
そろそろ帰った方がいいかな、という面会時間ギリギリになったので、またエレベーターまで歩いた。妻は本当にゆっくりとしか歩けなくて、マラソンで走り切ったあとみたいな感じ? と訊くと、そんな感じ、と言っていた。手を振って、明日ね、と言ってドアが閉まった。
明日は退院なので、お義母さんと話して9時くらいに病院に着くように動こう、ということになった。10時には病室を出なくてはならないらしい。帰りはとても妻が電車とバスを乗り継いで、というのは厳しいので、タクシーで帰るのだけど、今回の入院費の支払いなど、手順を入退院受付で訊いてから帰路に着いた。
駅に着くと、人身事故で一部区間影響が出ているらしい。でも自分たちの帰る方向は問題なさそうだった。帰りは電車で二駅なのだけど、ひと駅で降りて、ケーキ屋さんに寄った。小さめのホールを買って、「退院おめでとう」のプレートを書いてもらった。それをもって再び電車に。
バスの乗り換え時間もあまり待たずに乗れて、18時頃に帰ってきた。
買ってきたケーキや妻から持って帰っておいてと言われた荷物などを片付け、ペットボトルと段ボールゴミをゴミ捨て場に捨てに行く。戻ってきてから洗濯物を畳んで洗い物を片付けた。
シャワーを浴びたのが18時半過ぎ。19時前にあがってご飯の準備をして、ようやっと座ってこれを書いていたら、もう20時になるじゃないか…。時間が過ぎるのがはやい。
明日は妻が朝から戻ってくるので、少しでも部屋を整えておかないと。とはいえ、別に汚しもしてないし、かといって整理整頓を積極的にしたわけでもないので、実際、妻が病院に行くのに出発したときと部屋の様子はほとんど変わっていない。それでも、少しぐらい片付けておかないと。
そういえば、BUMPのライブ、北海道は無理かな、という流れになってきている。やはり飛行機で気圧変化がリスキーだと思うからだ。今からリハビリしてどれだけ体力を回復できるのか、にもかかっているのだけど、10月半ばはまだ厳しいかもしれない、と思っている。残念だけど、まだ11月にも行けるのだから、そちらを楽しめるようにしたいと思う。
やっと明日、妻が退院できる。
長かった。日常、とまではいかないかもしれないけど、これから妻が動けないぶん、自分が積極的にいろいろ動かないと。今までも料理洗濯洗い物は僕がやっていたけど、どうしても掃除は苦手だった。でも、苦手な片付けも頑張らねば。
そして、妻の体力回復のために、少しでもリハビリで歩くようにしていきたいとは思っている。どういうふうにするかは未定だけど、朝なのか夕方なのか、などなど、妻と相談していきたい。
明日が待ち遠しい。
でも、病気との闘いはまだ終わったわけじゃない。完全に打ち勝つために、これからも頑張っていかなきゃ、と思う。