アラフィフいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラフィフ。中年アラフィフが何をどこまでできるのか

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Coccoのライブでした

今日は気分転換?というより、ずっと行きたかったCoccoのライブでした

仕事を辞めるなんて話は全然出ていなかったときに取ったチケットで、今現在の自分の置かれた立場を考えると、大丈夫だろうか?という気持ちだったけれど、せっかくなのだからいろんな不安や心配事全部忘れて楽しめればと行ってきました

Coccoライブの感想…ひとことでは言い表せない感動でした

僕はもともとBump of Chickenが大好きで、ずっと取れなかったチケットが、今年7年ぶりに取れて、一生の思い出といっても過言ではないくらいの感動を味わってきたのですが、なんというか、それとは違う感動なのです

Coccoのあの細い体からは信じられない声量とパワー

なんというか、Coccoの内側から溢れる感情やエネルギー、想いというか、そのすべてがCoccoのなかで超新星のように爆発して、その爆風を全身で浴びた、という感じ

伝えたいという表現者としてのCoccoのエネルギーやそのすべてが、太陽風のように自分に強烈に向かってきて、身体の内側を突き抜けていったような、そんな感動

Bumpのような「一体感」「お前に会いにきたんだ」というような一対一の関係とは違い、とにかくCoccoの伝えたいという想いを全身に浴びたような気持になりました

心を病んだ時、自分は一度、自分のすべてを終わらせようとして、薬をたくさん飲んで救急搬送されたことがあります。そもそもそれで死ねるような量ではなかったのだけど、病院で胃洗浄をして入院して…ということがあり、その時自分を救ってくれたのはBump of Chickenの曲でした

今、このタイミングでBumpにまた救われ、そして今日はCoccoに救われた、そんな気がしました

明日からどうしよう、この先どうしよう、そんな不安でいっぱいだったけれど、実はそれは小さな問題なのかもしれません

Coccoの「生きろ!」という言葉と、藤くんの「生きるのは最高だ」がリンクした瞬間というか、つながった気がしました

生きることは、きれいごとだけではないし、汚いことも醜いこともある

だけど、そのなかにちゃんと光はあって、それを見つけられるかどうかは、本人次第なんだろうな、と思います

自分がその醜いもの、汚いものに飲み込まれて生きていくのか、それともそんな世界で光を大事にしながら生きるのか、その違いは実はすごく大きいのではないか、と

この先の不安が、ふたたび心のなかにもやもやとひろがっていくのだけど、自分の在り方さえ見失わなければ、大丈夫

きっと大丈夫、そう信じていこうと思う